福祉施設におけるリスクマネジメントの基本
リスクとは、リスクマネジメントとは何か
「企業の諸活動に及ぶ悪影響を低滅させるために、要因(リスク)を特定し、資産・活動・稼動力を保護するために必要な機能を、最小のコストで運営管理手法の一つである」
経営管理の重要部分を担う
「企業の諸活動に及ぶ悪影響」とは、端的に表現すれば「経営損失」です。リスクマネジメントは、経営損失をもたらす可能性のある不確実な要因(企業リスク)をコントロールすることによって企業を支える「資産・活動・稼働力」を保護することです。これが上手くいかない場合には企業は倒産してしまいます。よって企業におけるリスクマネジメントの究極的な目標は「倒産防止」であり、まさに経営管理の重要部分です。
最小のコスト負担で目的達成
コストをかければ、かけるほどリスクを無害化することが可能であることは明らかですが、この無害化によって期待される利益(有効性)を超えるコストをかけるようでは、企業経営に寄与しているとはいえません。最小のコスト負担で所定の目標を達成してこそ意味があり、これが企業におけるリスクマネジメントの重要なポイントです。
リスク処理手法としての事故防止・事故対応
リスクマネジメントの中核をなすリスク処理は、一般に①損害の予防や拡大防止などの技術操作である「リスクコントロール」と②損害発生を予想した損害発生後の資産操作である「リスクファイナンシング」に二分され、このうち①に該当するものとしては、リスクに関わる事象との関係を完全に絶つ「回避」、事件を起こさないようにする「予防」、起こった事件の影響を排除したり拡大を防止したりする「防御」が挙げられます。
福祉施設のリスクマネジメントとは何か
福祉サービスにおけるリスクマネジメントを「利用者の安全を最大の眼目としたサービスの質の向上と利用者満足度の向上を目指す活動」と位置づけ、福祉サービスにおける事故を防止するためには、より良いサービスを提供する=「サービスの質の向上」が不可欠であるという考えに立っています。言い換えれば、「より良いサービスを提供すればサービス提供の場面で防ぐことが少ない」ということであり、日々実施しているサービスを、あらためてリスクマネジメントの視点を入れて見直すことがその取り組みの基本となります。
福祉施設において何故リスクマネジメントが必要になったか
社会福祉における市場原理の導入と規制緩和によって、消費者の厳しい選択の目が向けられ、「より良いサービス」が求められる時代となった。
「措置から契約」
法人が直接の契約当事者であり、法人が利用者の安全に直接責任を負います。法人経営者の損失は法人の責任となります。さらに法人の従業員、ボランティアは法人が契約を結んだ内容を履行するにあたっての補助者(履行補助者)として法律的に位置づけられ、これらの履行補助者の過失により契約内容が履行されない場合は、常に法人が債務不履行責任という形で責任を負います。
医療過誤訴訟の急増に伴い介護事故訴訟も増加
医療過誤訴訟件数が10年間で役1.8倍(1990年の352件→1999年638件)の増加
身体拘束の廃止と安全確保
厚生労働省により身体拘束廃止の方向性が明確になり、福祉施設では、身体拘束廃止という理念の実現と安全なサービス提供という2つのテーマに的確に対応していくためには、実態の把握と科学的検証が喫緊の課題です。
リスクマネジメントは経営そのもの(組織全体での取り組みの必要性)
管理者の関与が不可欠
経営管理の重要部分を担うリスクマネジメントでは、管理者(施設長)の関与が欠かせません。施設長がリスクマネジメントの方針を決定し、組織のリスクマネジメントの体制と権限が明確になります。
リスクマネジメントの取り組みにあたって
組織風土の改善及び組織作り
原因分析・課題抽出・仕組みづくり
管理者によるリーダーシップ主導で作った仕組み(施設の各種マニュアル等)だけでは職員レベルにおいて機能しない。
現場の創意工夫を活かす
職員1人ひとりの意識や具体的な行動が重要な要素となるため、現場の創意工夫を活かした仕組みづくりが必要です。職員に発言の機会を与え、そのアイディアをマネジメントに活かしていくにあたっては管理者のリードを要します。
リスク情報を出しやすい環境づくり
リスク情報を現場が出しやすい環境づくりを行った上で、リスク分析を行う組織作りが必要です。個々の事業所ごとにどのようなリスクを抱えているかを分析した上で、※事故防止対策を実践する組織作りをすること。
※事故防止対策が有効に機能し、質の向上が図られるような組織とは
①事故や安全に関する情報収集
②業務改善のための情報分析
③事故防止対策方針の決定
④対策の実践
⑤実践の検証
⑥対策の標準化(5W1Hの明確化、マニュアル化)
といったサイクルを繰り返していくことが出来る組織です。
危険に気が付くこと
「危険に気が付くこと」は、リスクマネージメントを考える上で重要なキーワードです。リスクへの対策を検討する組織を施設内に構築しても、リスクを把握するためのシステムを構築する必要があります。
ヒューマンエラーへの対策
度忘れ、勘違いなどのヒューマンエラーを避けるための防止策としては、自分の身近にいる人に注意してもらうこと、その注意を謙虚に受け止める心を持つことが重要です。この二つがあれば、たとえヒューマンエラーが発生しても大きい事故には発展しないとされ、それが、エラーに耐性のある組織だといわれています。異なる職種間や上下関係があっても気楽に注意し合える関係を気付くことが重要です。
利用者像の的確な把握(アセスメント・個人援助計画)
利用者にたいして福祉サービスを提供するにあたっては、アセスメントが行われ、それに基づく個別援助計画が作成されています。利用者一人ひとりに対して適切かつ安全なサービスを提供するためにも改めてこのふたつの大切さを認識する必要があり、「リスクマネジメント」の視点から各施設での取り組みを検証してみることが必要です。
サービスの標準化・科学化・マニュアル化
人やモノ、サービスが自由に世界中を行き来する昨今、提供される製品やサービスの標準化が必要になっています。介護サービスの品質を考えるにあたり、顧客満足と専門家の判断という二つの側面が存在します。この二つの側面から捉えた「サービスの標準化・科学化・マニュアル化」が必要になります。顧客満足は、利用者の意思を尊重し、介護者である家族を支援するサービスの質の側面です。これとは別に、専門家の判断に基づき自立支援を目的として行われるサービスの質の側面もあります。
利用者・家族などとのコミュニュケーション
契約締結時には十分な情報を提供し同意を得ることが社会福祉事業法で事業所に義務付けられていますが、これを単なる説明の場ではなく、利用者・家族とのコミュニュケーションの場として捉え、信頼関係を築くことです。
クレームは最大の情報源
クレームはサービスの質向上と紛争・事故防止のための最大の情報源と捉えられます。単に「苦情」として受け止めるだけでなく、業務改善や意識改革の機会として受け止めるべきです。
事故発生時にまず何をすべきか
リスクマネジメントの視点から考えても、正確な事実の確認、責任者への報告の徹底を含めた組織的な対応、窓口の一本化等について現場に周知徹底した上で、利用者・家族との十分なコミュニュケーションを行う。
職員間における情報の共有化
リスクマネジメントの観点から情報問題を考えた場合、事故やリスクに関する情報と利用者に関する情報の2つの点が重要です。
事故やリスクに関する情報の収集・活用
組織内における事故やリスクの情報はもとより外部におけるそれらの情報についても収集・分析・活用をする仕組み、また、組織内で情報を共有する仕組みの構築が必要です。
利用者情報の共有化よる連携
福祉施設では一人の利用者へのサービス提供に複数の職員が関与していることを前提にした情報共有化のためのシステムが必要であり、この情報の共有化に基づく連携が緩慢になるとその狭間で事故が起こる可能性が高くなります。職員間並びに管理者と職員との間のコミュニュケーションと情報共有化のためのシステムを構築する必要があります。
記録の重要性
利用者情報の記録、特に利用者のケース記録は、事実に基づいた正しい記録として、リスクマネジメントの視点からも重要な役割を持ちます。ケース記録については、思考過程がわかるように記録すること、マイナス面も含めて正しい記録を残すことにより、その信用性が高まります。現在の個人記録の取り方が、万が一に事故が発生した紛争になった場合に施設側が安全確保について十分な配慮を行った証拠となるようなものであるかどうか、適切な記録と文書管理の在り方の基本について考慮が必要です。
リスクマネジメントの考え方
リスクマネジメントの対象範囲
(1)損害賠償責任を問われる部分 | ・・・ | 損害賠償責任・行政規制 ⇒ 品質保証・質の確保 |
. ⇓
法令の遵守・訴訟対応 保険の手当てによる賠償
(2)損害賠償責任は問われないが改善が望まれる部分 |
・・・ |
「顧客満足」の観点での市場競争 |
⇓ 質の改善 |
※福祉施設におけるリスクマネジメントを考えたとき、利用者に対するサービスの質の向上や顧客満足といったサービス業としての視点が重要となります。事故や紛争が高い頻度で発生することはサービス業としては失敗です。安全確保なくして顧客の満足はあり得ません。
※顧客との時間的、場所的継続性を前提に死亡や傷害といった問題に常に対応。
基本的な考え方
リスクマネジメントを行うにあたり、「サービスの質の向上」を求めるか否か決断が、施設経営において重要な問題です。
「サービスの質の向上」は、法的責任の有無や規制への適合について検討する「品質保証」に対応する概念を言う。
たとえば、○人員配置・専門職資格要件等行政の基準を守っているか。
- 身体拘束禁止・苦情処理システム・褥創予防等の取り組みを行っているか。
- 結核・インフルエンザ・ノロウイルスの発生時の体制が整っているか。
- 移乗・移動時の介護方法を知っているか。 など。
トップダウンでは現場が萎縮し成功しない。
職員たちに対して管理者から「こうあるべき」ということを押し付けると、「訴えられないためにはどうしたらよいか」「規則はどうなっているか」「判例はどうなっているか」といった防御的な側面が強調されると、職員が萎縮する影響が強く出る。
現場レベルで取り組む。
職員が「サービスの質の向上」を指向する組織作りを行い、現場の創意工夫を生かした課題解決のための活動の取り組みが必要。
対応のあり方
損害賠償責任の有無は判断が難しく、求められる水準を施設内で慎重に検討すべき!
福祉施設の場合には、損害賠償責任を負うか否かはグレーな部分があります。
例えば、非常に先進的な取り組みをしている福祉施設を水準として考えると、リスクマネージャーも置いていない、事故防止対策の意識付けも行っていない、安全教育も行っていない、そのような施設で転倒事故が起きているのだから、予見や回避の努力を尽くしたとは言えないという見方が成り立つ。→リスクマネジメントの水準を高いところに設定すべき!
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