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特養入所事例 頻回にナースコールを鳴らす利用者さんへの対応

特養入所事例 頻回にナースコールを鳴らす利用者さんへの対応 えっちゃんのブログ
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私が特別養護老人ホームの生活相談員をしていた時のこと・・・毎日のルーティーンがありました。
それは、出退勤時に入所者さんさんの各居室を回ることです。

出勤時には、入所者さん全員に「おはようございます」と手を握りながら声を掛け、表情から入所者さんの状態を観察します。
退勤時にも、「また明日ね!」と声掛けしながら、入所者さんにとっての長い夜が過ごせるようにと身の回りの環境を整えてまわります。

ある日の退勤時、いつも通り居室を周りながら声を掛けていると、
古田キクノさん(73歳:仮名)に呼び止められました。
「えっちゃん、今夜の夜勤は誰ですか?」と尋ねられ、「○○さんですよ」と答えると、笑顔で「ありがとう」と答えられました。
「ゆっくり休んでね。また明日、会いましょうね」と部屋を後にしました。

入所者さんへの声掛け

数日後のある日、また、キクノさんに呼び止められました。
「えっちゃん、今夜の夜勤は誰ですか?」とあの日と同じように尋ねられ、「○○さんですよ」と答えると、表情が一瞬にして曇りました。
「どうしましたか?夜勤が鈴木(仮名)さんだと不安なことがありますか?」と尋ねました。
キクノさんは、「ナースコールを私の手に握らせてもらえませんか?」と言われたので、変形したキクノさんの手に挟み込むようにしてナースコールのボタンと握らせてあげました。

翌朝、キクノさんが気になって、一番に「キクノさん、おはようございます!」と声を掛けに行くと、沈んだ表情のキクノさんがベッドに寝かされていました。
「えっちゃん・・・娘に迎えに来てもらいたい」「早く娘の側に行きたい」「もう死にたい」と言うのです。
「寝たきりになって、トイレも毎回採ってもらわないといけないし、お風呂に入れてもらうのも大変だし、ご飯すらひとりじゃ食べられないし・・・早く、娘の側に行きたくなっちゃったわ」と言いました。

古田キクノさんは、クリーニング店を営んでいる家に嫁ぎ、夫との間に二人の娘さんを授かりました。
夫との歳の差もあってか、義父母もキクノさんを娘のように可愛がってくれたと言います。
人生を振り返ったとき、あの時が人生で一番幸せだったとキクノさんが言います。

下の娘さんが小学校に入学するころ、義父母が立て続けに亡くなられました。
キクノさんは、子育てをしながら、夫と二人で家業であるクリーニング店を手伝っていたと言います。
そんなある日、夫がクモ膜下出血で突然亡くなります。キクノさんが43歳の頃です。
キクノさんは、家業のクリーニング店を営みながら、二人の子供を必死に育てたと言います。

クリーニング店を経営

キクノさんが48歳ころになると、手足の指の関節が腫れ、朝方にこわばりを感じるようになり、発熱やだるさ、食欲の低下など全身の症状が現れました。
病院に受診すると、関節リウマチと診断され、内服薬が処方されましたが、症状は徐々に進行していきました。
近年は生物学的製剤などの開発が進み、早期から十分な治療により関節の機能やQOLの改善につながることが示されていますが、キクノさんがリウマチと診断されたころは特効薬もなく、時間の経過とともに関節破壊を起こし、軟骨や骨が破壊されて関節が変形し、関節としての機能が失われていきました。

当然、クリーニング店の継続が難しくなりましたが、高校を卒業した次女がお店を継ぐことになり、キクノさんは、在宅サービスを受けながら、次女と自宅で暮らすことが出来たのです。
数年が経過し、次女が結婚し、お婿さんが同居しながらキクノさんを支えてくれたと言います。
発症から30年が経過し、キクノさんの身体は、膝関節や股関節など下肢の大関節も侵されて、とうとう寝たきりになってしまいました。
そんな時、次女が父親と同じ、クモ膜下出血で急死したのです。

在宅で暮らすことのできなくなったキクノさんは、療養型の病院を経て、特別養護老人ホームへ入所してきました。
特別養護老人ホーム入所後も、こうした関節の症状のほか、免疫の異常によるさまざまな全身症状(発熱・倦怠感・食欲不振・貧血、関節痛)は続き、定期薬の他に鎮痛剤が手放せませんでした。
そんな中でのキクノさんの「今夜の夜勤は誰ですか?」という質問でした。

キクノさんの悲観的な言動が続く中、私は遠方に暮らす長女さんに連絡を入れました。
翌日、長女さんが面会に来てくれました。
キクノさんは、長女さんに会えたことで落ち着きを取り戻しました。

面会を終えた長女さんが、私にこう言って帰られました。
「母が何度も何度もナースコールを鳴らしてご迷惑をお掛けしておりますが、母は自分で体位を変換できません。一人で水も飲めません。一人で排泄も出来ません。特に夜間は体が痛くなり眠れないと言います。どうか、ナースコールだけは手に握らせて頂きたいのです。間違っても届かない場所に置くのだけはやめてください。」と・・・。

ナースコールを手の届かないところに置いてしまう介護士

キクノさんのナースコールは、夜間は30分おきになります。短いときは15分おきになることもあります。
特に少ない人員での夜勤では、一人の入所者さんと関わる時間も少なく負担なことは事実です。
私は、長女さんから言われた事実だけを介護主任と看護主任に伝えました。また、犯人捜しはすべきではないことも・・・。
翌日、緊急チーム会議が開かれ、キクノさんの処遇について検討されました。
様々な意見が出され、キクノさんの処遇は統一化され改善されていきました。

その数年後、肺炎で無くなられるまで、キクノさんからの「今夜の夜勤は誰ですか?」という質問は、あのチーム会議以降なくなりました。

介護をしていると様々な問題に直面することがあり、それを一人で抱え込み相談する機会を失ってしまうことがあります。
今回のケースもチームメンバーに相談されることなく、ナースコールを手の届かないところに置くというキクノさんの尊厳を無視した行動に至ってしまいました。

ちょっとした利用者さんの表情からその方の心の声に対応できる職員であってほしいものです。
それとともに、ちょっと気づきや問題をすぐに言い合える職場環境を整えることが重要です。

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