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ホームレス高齢者の演技

ホームレス高齢者の演技 えっちゃんのブログ
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市役所の高齢福祉課から特別養護老人ホームへ一本の電話が入りました。
「男性の老人を一人保護していただきたい。」

男性は、年の瀬も迫った寒い日の朝、橋のふもとで倒れていました。

市民の通報によって警察と救急に連絡が入り、救急隊も現場に到着したが、意識もあって身体に異常は見当たらなかったため、警察で一時保護することになったのです。

警察官が所持品を確認したが、身元を確認できるような所持品は見つからず、しかも、財布の中には15円のみ。
名前や住所を聞いても下を向いたまま、何一つ話すことはありませんでした。

住所や名前、年齢などすべての情報が何一つ分かりません。

認知症なのか、聾唖者なのか、記憶喪失者なのか分からないまま、地域警察署は、市役所に連絡して、「高齢者の見守り・・SOSネットワーク」を利用するとともに、市内全域に行方不明者の広報放送を流してもらうことになりました。

「高齢者の見守り・SOSネットワーク」は、各自治体や警察などが連携して、行方不明者の早期発見に役立つ「事前登録制度」です。事前登録制度は、行方不明になる可能性のある高齢者の名前や特徴、写真などの情報を家族や本人の同意を得て、同ネットワークの運営団体にあからじめ登録しておく制度です。

高齢福祉課が中心となり、警察、関係機関、地域住民が協力したネットワークが構築され、登録された情報は、警察、特別養護老人ホーム、市の三者で保管し、活用しています。

この制度により、捜索依頼が警察にあった場合は、迅速に対応できるほか、特別養護老人ホームが身元不明者の一時預かり場所を担うなどネットワークを駆使した対策が取られています。

昨年6月には、大阪で行方不明となっていた認知症の70代男性が宮崎市で保護されました。
大阪府警では、宮崎県警から送られてきた台帳によって、身元不明の男性が、大阪での行方不明者だと判明。「身元不明迷い人台帳」を活用した行方不明対策の効果が発揮された事例です。

しかしながら、男性の身元は、事前登録もされておらず、広報放送でも見つかりませんでした。

夕方、警察官と福祉課の職員に連れられて特別養護老人ホームに来たのは、橋のふもとで倒れた日の夕方でした。

男性は、70歳前後、薄汚れた作業着を身に着け、手足も汚れており、しばらく入浴もしていないようで、首には白いタオルを巻いていました。

私は、先ず彼が寝泊まりするショートステイの居室に案内し、入浴を勧めました。
着替えの洋服は、施設の寄付物品で賄い、着用していた衣類を洗濯に出しました。
入浴は、マジックミラーの窓がある浴室を使用していただき、入浴中の彼の行動を観察することにしました。
掛け湯をし、体を洗い、頭を洗い、顔を洗い、髭をそり、湯船につかりました。
湯船に入った彼は眼を閉じ、何かを考えているように思えました。

入浴

長い時間湯船につかった後、彼は、洗面器を洗い、浴室を簡単に掃除して出てきました。
入浴中の彼の行動は、健常者と変わりません。

私は、認知症ではないと確信しました。
では、聾唖者なのか?これも違うと確信します。

聴覚障害のある方は、相手の表情や体の微妙な動きを感じ取ることができます。
しかし、彼は、私の言葉が聞こえているのが分かりました。
私の指示が私の表情を見なくても伝わっていたのです。

また、記憶喪失のふりをしていることにも気づいていました。

入浴が終わり、夕食を提供しました。
余程お腹が空いていたのか、何一つ残らずきれいに食べました。
ロビーに案内し、ゆっくり休んで下さいと伝え、その日は退勤しました。

翌日、出勤すると、彼はロビーで新聞を読んでいました。
私が「おはようございます!」と声を掛けると、深くお辞儀をしました。

彼は、施設の入所者と一緒にレクリエーションに参加したり、施設内で使うおしぼりを畳んだりしながら過ごしています。
ただ、身元が分からないだけで、普通の高齢者と何ら変わりありません。

昼食を終えるころ、前日まで来ていた衣類の洗濯ものが出来上がってきました。
その中に、昨日まで首に巻いていたタオルもあります。そのタオルには○○区○○町○○新聞店と印刷してありました。

新聞店の住所地は東京です。

東京

彼に筆談で東京から来たのかと尋ねましたが、彼は首を横に振りました。
市の福祉課にタオルに記載のあった新聞店名と住所を伝えました。

施設生活も6日目となりました。

彼は、私に手紙をくれました。
手紙には、「ここでずっと暮らしたいです。施設の仕事をしながら生活したいです」と書いてありました。
私は、まず、身元がはっきりしてからですね・・・と返事をしました。

7日目の朝、市役所から身元が判明したと連絡がありました。

住所は、あのタオルに記載のあった新聞店から2キロ離れたところにある機械工場の寮でした。
名前も、山下誠さん(仮名:68歳)と分かりました。

約一カ月前に失踪して行方が分からなくなっていたとのことでした。
記憶喪失でも聾唖者でもありませんでした。

その晩、山下さんは、夜行バスで東京に帰って行きました。

旅立ちの時、最後に私に「ありがとうございました。すみません。」とおっしゃいました。
この時初めて山下さんの声を聞いたのでした。

山下さんは、数年前までホームレスでした。
山下さんは、民間団体による支援によって、機械工場に雇われ、会社の寮で集団生活を送っていました。
そこでの生活が嫌になり逃げだしたようだとの事でした。

ホームレスのおじいちゃん

厚生労働省は、平成14年8月から続く「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づいて、ホームレス状態の人への支援活動を行っており、平成15年7月に策定された「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」を軸にして、効果的な施策を行うための調査や研究、地域住民への理解を促す啓蒙活動、関係者への研修などが行われてきました。

社会問題となっているホームレス状態の人への関心も高くなって、様々な団体による支援活動が広まって来ましたが、山下さんのような高齢者が、再びホームレスにならないよう、社会から孤立しないために様々な面からのサポートが必要になるのかと思います。

市役所の担当者が、「橋の向こう側だったら○○市の担当だったのに・・・高速バスや施設での生活費はうちの市の負担になるのに・・・」と言っていたのは内緒にしておきます。

また、「バスに乗せて市街に出したら私の仕事は終わりですから。そのあと山下さんがどのようにするかは一切関知しません。」と言った市役所の担当者の言葉が今も心に刺さっています。

同じ援助者としてとても情けない気持ちになりましたが、これが現実です。

こうして山下さんを送り出したものの、根本的な解決には至っておらず、モヤモヤした気持ちが残る事案でした。

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