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特養入所事例 真実の愛とは

真実の愛とは えっちゃんのブログ
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在宅支援センターの実態調査で出会った西村ふみさん(仮名:85歳)は、ベットに寝かされていた。
オーバーテーブルの上にはスーパーで買ったお弁当がポツンと置かれており、ベットの周りには、ポータブルトイレや衣類などが散らかっていて、足の踏み場も無いような状態だった。

明らかに支援が必要な状態であったが、何か困っていることはありますか?と尋ねると、
「助けて下さい」やっと聞き取れるような声で、ふみさんは話し始めた。

 

歯が抜け落ち、話そうとすると、口がパクパク動き、よだれが流れ落ちて上手く話せない状態であり、話がなかなか進まない。

その中で、一生懸命に何かを伝えようとしていた。

困っているおばあちゃん

昨日も庭に放り出されて、やっとの思いで部屋に戻ったことや、食べこぼしたり、失禁すると殴られたり蹴られたりするのだという。

話を伺っていると、長年一緒に暮らしている同居人(田中孝雄さん:仮名 57歳)がおり、ふみさんの世話をしているらしい。

西村ふみさん(仮名:85歳)は、北海道生まれの二人兄妹。尋常小学校を卒業後、水産工場で事務員として勤務し、同じ職場の男性の家に嫁ぎ、一女を儲けたが、夫の浮気や義父母からの嫌がらせ等で夫婦生活は破綻し、婚家を追い出されたという。

実兄はすでに結婚して子供もいることから、実家に戻ることも許されず、ふみさんは東京へ出て、工場の仕事に就き、定年まで勤めたという。

子供が小さい頃は、お誕生日やクリスマスなどの行事があるときには、お洋服や玩具を送っていたが、元夫が再婚すると、元夫からやめて欲しいと言われ、徐々に距離が出来て、上京してからは、娘には一度も会うことも出来なかったという。

両親の死後、北海道の実家からも連絡が途絶え、兄とも音信不通になったという。

ふみさんが46歳頃、会社に島根県の高校を卒業し、入社してきたのが田中さんだった。
ふみさんは、おとなしく無口な田中さんの面倒をよく見たという。
ふみさん50歳、田中さんが22歳になった頃、二人はふみさんの家で一緒に暮らすようになったという。

年の差カップル

28歳もの年齢差、子供が出来ることはなく、結婚をしようとはお互いに思わなかったらしい。
田中さんには、島根に両親と3歳下の妹がおり、両親と妹の反対もあったのかもしれない。

ふみさんが60歳で定年を迎えると、老後は静かなところで穏やかに過ごしたいと、退職金で自然が豊かな場所に家を購入し、田中さんも転職し、二人で暮らし始めました。

数年後、手足の振戦や腕のこわばり等の症状が出現し、ふみさんはパーキンソンと診断されます。
その後、田中さんは、仕事を辞め、ふみさんの世話をするようになりました。

家のローンもなく、二人で生活するのはふみさんの年金で十分だったと言います。

ふみさんが80歳になり認知症の症状が出始めた頃、田中さんの両親が高齢だからとの理由で、度々、島根に帰省するようになったと言います。

ふみさんの存在を疎ましく感じるようになってきたのか、最近は、暴言が多くなり、最近は暴力をふるうことも多くなったと言います。

暴言を吐かれるおばあちゃん

ふみさんは、栄養状態も悪く、脱水も引き起こしていたので、しばらく入院することになりました。

ふみさんに今後、どうしたいかと尋ねました。
田中さんと最期まで暮らしたいので、田中さんにやさしかった頃に戻って欲しいと言いました。

翌日、田中さんと面談し、田中さんの想いを尋ねました。

「島根にいる両親も寝たきりとなり、介護が必要になってきて、妹ばかりに負担はかけられません。
出来れば島根に戻りたいと思います。しかし、ふみさんのことも心配で戻ることが出来ない。」と言います。

私は、ふみさんの意向も含め、福祉サービスを最大限活用するよう勧めました。
島根に帰省するときはショートステイを使い、普段はデイサービス、ヘルパーの活用の説明を行いました。

すると、田中さんの口から出た言葉に驚愕します。

「ふみさんを老人ホームに入れて、この家を処分して、私は島根に戻りたい。
結婚はしていなくても一緒に暮らしてきた私には財産をもらう権利がありますよね・・・。
家の名義はふみさんですが、私にはもらう権利があるはずです。」と言い切りました。

家の権利を求める男

そして、今はふみさんではなく、両親の面倒を看ることが自分の責任だと。
そのためには、お金がいるというのです。

身勝手な田中さんの言葉に、どのように対応すべきか分からなくなりました。
ふみさんの介護を拒否した以上、ふみさんの生活の援助は最低限必要です。

ふみさんは、退院後、施設に入所することになりました。
身元引受人には田中さんがなりました。

その後のことはわかりません。
最期まで田中さんとの生活を望んでいたふみさん。

色々な愛の形がありますが、ふみさんの特別養護老人ホームでの生活が穏やかで幸せであるよう願っています。

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