重次(しげじ)さん(仮名)との出会い
お昼休憩に入ろうかと思っていたころ、デスクの電話が鳴り、事務員から「警察から電話です」と・・・。
何事だろうかと心配しながら電話に出ると、地域課の警察官だと名乗る方から
「只今、80歳前後とみられる男性を保護しています。お宅の施設の入所者ではないでしょうか?」との連絡であった。
保護している男性の特徴を伺い、確認後に折り返し連絡すると返事をし、施設全館に緊急放送を流した。
「♪ピンポンパンポン⤴・・・♪ピンポンパンポン⤴」(2回鳴らすことで緊急放送だという合図としていた)
「本日のチームリーダーの方は至急ご利用者様の所在確認を行ってください」
5分も経たない間に各チームから内線があり、施設利用者全員の所在確認が出来たのだ。
お昼近くということもあり、食堂に集まっていたことも所在確認がスムーズに出来た理由でもあったが、過去に施設利用者が脱走するといった事故もあって、施設内では定時に所在確認を行い、緊急時に全館放送で利用者の所在確認を行うというマニュアルが徹底されていることを実感した瞬間でもあった。
警察署に、施設利用者ではないことを連絡し終えたとき、市役所の高齢福祉課の職員から電話があった。
「只今、警察署で身元の分からない高齢者を保護してもらっています。現在身元を調べている最中ですが、ご家族が見つかるまで預かって欲しいのですが・・・」とのこと。
しばらくして、パトカーに乗せられて来たのは髭もじゃの薄汚れた服を着た老人であった。
聞くところによると、トレーナーに白のブリーフ姿で徘徊しているところを市民が警察に通報して保護されたという。
所持品はなく、失語症なのか、名前を聞いても頭をかくだけで答えず、住所も分からずじまい。
地域のネットワークを駆使して老人の身元を探す間に、老人をお風呂に入れ、昼食を摂ってもらうことにした。
老人は、何の抵抗もなく、若いケアワーカーに促され浴室へ・・・しばらくして浴室から出てきた姿は、同じ老人とは思えないほど良い男!(^_-)-☆
髪をバリカンで刈上げ、髭をそり、施設にあった洋服に着替えた姿は、菅原文太に似ていた。
昼食をぺろりと平らげ、併設しているデイサービスのレクリエーションに参加し、楽しそうに過ごしている。
6時になっても一向に連絡がなく、夕食の時間となり、夕食を食べ始めたころ、高齢福祉課の職員と一緒に老人の息子さんと思われる人が一緒に施設に来られたのだ。
名前が判明した。重次さん。
初めて、「重次さん!素敵な名前ね!」と声をかけると、はにかんだような笑顔でうなずいてくれた。
重次さんは、40歳代の息子さんと二人暮らし。息子さんが仕事に行く日中は一人で過ごしているらしいが、今までは、外出しても戻ってきていたので自由に過ごさせていたとのこと。
しかし、地域の民生委員は、地域の住民からの苦情を聞いていたようだ。
放便、放尿、時には下半身を露出したまま屋外に出ることもあったらしい。
民生委員さんの話では、重次さんは、昔から穏やかな人で、離婚して妻が家を出ていくまでは、真面目に工場勤務をしていたという。突然、妻から一方的に離婚を言い出されたらしく、ひとりになってからは、仕事も休みがちになり、定年手前で会社も解雇となり、引きこもるようになってしまったとのこと。
その後、遠方にいた息子が一緒に暮らすようになったものの、親子の会話は殆どなく、いつしか言葉を発することも出来なくなってしまったとのこと。
認知症の症状も進行する中、専門的な病院受診もすることなく、この日に至っていたのだ。
在宅に帰すわけにもいかず、息子さんの意向もあって、ショートステイでしばらく預かることになり、その一か月後、重次さんの特別養護老人ホームでの生活がスタートした。