金城菊代さん(仮名:72歳 韓国籍)は、毎日何十キロも歩くのだろうか、座ってじっとしていることの方が少ない。
毎日夜が明ける頃にに起床し、トイレに誘導され、パジャマから洋服に着替えさせてもらうと直ぐに、施設内の廊下を徘徊していた。
特別養護老人ホームの中では、夜勤の職員が、起床介助から、排泄介助、食堂への移乗・移動介助を行う。そこに早番が加わり、朝食介助、口腔ケア、トイレ誘導・・・が行われていた。
朝の一番忙しい時間帯であり、日勤者が出勤して来るまでは、早番勤務の4人を合わせ、夜勤者4人で100名近い利用者の介助を行う。
徘徊していてじっとしていられない菊代さんは、他の利用者様の食事が終わったころを見計らって食事を始めるのが日課だった。誘導しても食堂におとなしく座っていることが出来ない上に、口の中に食べ物を入れても口をもぐもぐさせるだけで嚥下(飲み込み)までに時間がかかるためだった。
私が8時に出勤した時、「えっちゃん!大変です!直ぐ来てください!」林さん(介護職員:19歳 仮名)の私を呼ぶ大きな声が聞こえた。
利用者の急変か事故かと考えながら急いで施設内に入ると、林さんが戸惑った表情になり、「あのぅ・・・長尾さん(仮名:92歳)と菊代さんが一緒のベッドに入って・・・」かなり恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして私に救いを求めてきた。
夜勤勤務の林さんは、自立で食べられる方への配膳を済ませ、食事介助が必要な方への援助を済ませると、菊代さんを探しに施設内を回っていた。廊下には見当たらず、各居室を探し始めた時、110号室の長尾さんの部屋のベッドに一緒に入り、菊代さんは、足を宙に浮かせている「最中」だったのである。
それまでも、男性職員の前で下着の中に手を入れたり、男性職員の股間を触るなどの行為は認めたが、さすがに、利用者同士の行為をどのように対応すべきか、私にとっても初めてのケースであったので今でも鮮明に覚えている。
菊代さんは、在日韓国人であり、1940年頃、太平洋戦争による労務供出のため、夫と共に炭鉱で働くため日本にやった来た。
その後も日本に残るも、早くに夫を失い、一人娘と暮らしてきたというが、韓国でも十分な教育は受けられず、日本でも生活は苦しかったという。
菊代さんが入所になったのは、地域住民からの苦情であった。
菊代さんの徘徊は有名で、度重なる警察による保護や在宅支援センターの介入などもあったが、一人娘である千里(ちさと)さん(仮名)が介入を断り続けていたのである。その背景には、千里さんは自分が生活するだけで菊代さんの面倒まで看きれなかったという。福祉サービスを利用するにも菊代さんに使えるお金がないというのが千里さんの最大の理由だった。
無年金の菊代さんは、行政の積極的な介入により、生活保護を受けることなり、特別養護老人ホームに入所した。
菊代さんの認知症はかなり進行しており、徘徊や自〇行為だけでなく、会話が全く通じず、弄便や便異食も認めた。
時々、椅子に座って、「♪アリラン アリラン アラリヨ~ ♪」と口ずさんでいたことがあったが、菊代さんの想いは韓国にあったのかもしれない。
最近では、高齢者の徘徊や迷子だけでなく、暴走運転やセクシャルハラスメントなど、認知症による行動が社会問題になっているが、性にまつわることもまた、介護現場の問題になっているのはあまり知られていない。
認知症になると、前頭葉の機能低下でこれまで抑制できていたことが出来なくなり、社会的認知の障害が起きて周囲を気にしなくなると、廊下や浴場などの公の場で自〇行為をしたり、〇部を露出するようになるのである。
介護の現場では、職員によってはすんなり受け入れられる人と、受け入れにくい人がいると思います。人生経験や、恋愛経験なども影響しますし、若い介護職員が70歳代の勃起などを見るとショックが大きいと思います。
認知症による性行動は、周辺症状(性格や環境などに絡んで出る症状)ではなく、中核症状(脳の異変で直接起こる行動)の一つとして認められるようになってきました。
今回の事例は、もう15年以上も前の出来事ではありますが、老人と性の問題はしっかりと理解したうえで援助に当たって欲しいと思います。
その上で、介護的配慮が困難な場合には、精神科の介入(薬物投与)も重要かと思います。